ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
残業を終えて帰路につく頃には、寒さは容赦がない。
11月下旬ごろから急激に冷えこみだした。
慌てて冬物のコートをクローゼットの奥から引っぱりだしてみた。
寒波が到来することくらい、ニュースで見て知っていたはずなのに。
直前にならないと準備ができないのは、毎年のことだ。
そういうことがすでに習慣というか、癖で習性として身についてしまっている。
今さらどうすることもできないだろう。
ため息をつきながら、10階建てのマンションの、こうこうと灯りのついたエントランスをくぐる。
入ってすぐ左側に設置されている、郵便受けが並んだコーナーから自分の部屋番号を探す。
通販のカタログなどの郵便物以外に、ダイレクトメールやピンクチラシが数枚押しこまれている。
下着さえまとわない20歳くらいの茶髪の女の子が、蠱惑的な視線と扇情的な笑みを向け、怪しげな仕事を紹介している。
隅には携帯の番号までご丁寧に記載されている。
けど、かける人なんているんだろうか。
チラシはポスト群のすぐそばに据えられている共有のゴミ箱へ、不要物としてためらうことなく放る。
必要な郵便物だけを手に、部屋に向かう。
5階の角部屋だ。
もちろん、表札は出していない。
ひとり暮らし用のこのマンションで、表札をかかげる人は少ないだろう。
肩にかけているトートバッグの内ポケットからキーケースをとりだし、開錠する。
ひとり暮らしなのだから中は暗くて当然と思いきや、電灯がついている。
朝出勤する時にはきちんと消灯してから出た。
玄関先には、少しくたびれかけたメンズの黒い革靴がそろえられている。
この靴は……。
「来るなら教えてくれたらよかったのに」
玄関すぐの、短い廊下を突き抜けた先のドアを開けると。
8畳弱の室内の隅に置かれたシングルベッドのへりに背をもたれさせながら、テレビのバラエティ番組に目を向けるスーツの後ろ姿を認めた。
彼氏の陽平(ようへい)だ。
合鍵なら、つきあってすぐの頃に渡した。
そのほうが、何かと都合がいいからだ。
だからといって、突然来られるのはやっぱり戸惑う。
事前にひと言くらい、ほしいと思ってしまう。