ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-

なのに。



「ここに来るのって、初めて?」



まったく関係のなさげな問いが投げられて、拍子抜けする。



「え、あ、うん」

「だよね、部外者立ち入り禁止だし」

「嘘?」

「冗談だけど」



まだドア近くにいたので、ドアノブに手をかけて慌てて出て行きかけたのに。

こんな場面で冗談を言われるなんて。

つい身構えていた緊張が、少しやわらぐ。



「こっち、おいでよ」



手招きされて、宏之のそばまで素直に歩み寄る。

穏やかな笑みに見おろされる。

窓の外に広がる夕焼けのせいなのか、宏之の顔はほんの少し紅潮しているようだ。


明日試合だね、頑張ってね。

そんな応援のメッセージが喉元にまで出かかっているのに。

私を見る双眸がかすかに揺らいでいるように見えて、言いだせず喉の奥に貼りつく。



ふいに、宏之が視線をそらして窓の外を仰ぐ。

何かが燃えているような、怖いほどの紅蓮に染められた夕空は、終末の情景のようで。

身がすくむ。



「サッカーって、なんの略か知ってる?」



ややあって、真っ赤な空に視線を据えたまま、宏之が口を割る。

思いがけないことを言われて、戸惑わずにはいられない。


サッカーが何かの略というんだろうか。

世界共通語だとばかり思っていたのに。



「知らないけど」

「アソシエーション・フットボールの略だよ」

「そうなの? でも、サッカーなんて言葉、どこにも入ってないじゃない」

「アソシエーションのスペルの“soc”から来てるんだ。19世紀後半に、イングランドで語尾に“er”をつける通称が流行ったみたいでさ。そこに由来するってわけ」

「へえ、そうなんだ」



なんでこんな話を始めたのか、まるで見当がつかない。

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