ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
「だから、しよ?」
宏之の顔から驚愕が消える代わりに、徐々に笑みが広がっていく。
「やっぱバカだよ、おまえは」
バカはひどい、と返そうとした声を発することは、できなかった。
何が起きたのか、すぐにはわからなくて。
至近距離で閉じられた宏之のまぶたに気がついた時。
キスされているんだ、と。
ようやく理解した。
ゆっくりとまぶたを下ろす。
唇を軽く合わせただけ。
でも、初めてのキスはあまりにも気持ちがよくて。
離れたあとも、せがむように見ていたせいか。
ふたり目が合うと、もう一度、どちらからともなくキスをしていた。
あの時すでにいろいろなことを経験したあとなら、唇を触れあわせるだけでは済まなかったのかもしれない。
だけど、あとで聞いたら宏之もファースト・キスだったことが発覚して。
ふたりで顔を見合わせて笑った。
宏之に言わせれば、ずっと部活三昧だったせいで、彼女をつくる暇などなかったということらしいけど。
今でもあの時のキスの感触を、時折思いだすことがある。
やはり、特別な想い出なのだと。
そのたびに思い知らされる。
おもむろに窓をのぞくと、走行中の車内の窓に私の姿が反射される。
そこに映しだされるのは、残業終わりの冴えない顔をした女で。
唇を指でそっと触れると、冬の乾燥のせいかガサガサで。
自嘲したくなるほどだ。
陽平とはつきあいが長くなっているぶん、あまりにも気楽すぎて、女を磨くことをついつい怠りがち。
これじゃ、まずい。
宏之が同窓会に来るなら、合わせる顔がない。
思わず苦笑したくなった。