ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-

「なんで? どうしてよ?」



口から飛びだす言葉も、疑問形ばかりになる。



「今の生活が嫌とかっていうわけじゃないの。子どもは好きだし、子どもといる生活って、いろいろと教わることが多くて。ただね」



自身の気持ちを再確認するように、語るようにゆっくりとした口調だ。

私はコーヒーカップに口をつけるのも忘れて。

杏子の話に聞き入っていた。



「結婚と同時に仕事をやめてしまったことを、どうしても悔やみたくなる時があって」

「……杏子」



悲しげな表情を向けられて、返す言葉に詰まる。


そうだった。

杏子は色彩検定を学生時代に取得し。

その知識を活かして、インテリア関係の会社に就職した。

さらに、インテリアデザイナーの資格取得にも励み。

深夜残業、休日出勤さえも厭わない生活を送っていたのだ。


クライアントと顧客からの双方の要望がうまく噛みあわず、間に立っていた杏子は板挟みになって、つらいこともあっただろう。

だけど、愚痴ひとつこぼすことなく、仕事に邁進していた。

はたから見て、生き生きと、輝いて見えた。


それが、結婚と同時に退職。

のんびりと1日じゅう家にこもって子どもの世話だけをする生活というのは、刺激はなく、どこかもの足りなさを感じているのかもしれない。



そんな時、私と再会したら。

どう思うかなんて、想像にかたくない。

それまでなんとなく漂っていただけだったものが、意志とともに助長され、膨張するだろう。

24時間常に子どもと過ごす中で徐々に湧き起こったストレスが、それにあと押しする。



「で、相談してみたの、土日だけでも働きたいって。旦那がね、土日はたいてい家にいるから、その間だけでも子どもを見てもらえないかって。そしたら」

「なんか言われたの?」



喧嘩したと最初に言っていた。

何か反論されなければ、喧嘩に発展することはない。

だったら、言われたことって、まさか。



「俺は、土日はクライアントと接待でゴルフに行くことだって、ある。それなのに、子どもを見ろというのか、だって」

「何それ」

「笑っちゃうよね。育児手伝う気、ゼロだもん」

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