ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
イクメンにはほど遠くてまいるよ、と吐息をついて、肩をすくめる。
「今日つきあってくれたのは、そのせい?」
「精いっぱいの抵抗よ」
「子どもは?」
「旦那が家にいるから、押しつけてきた。百聞は一見にしかず。実際に体験してもらうほうが、手っ取り早いと思って」
「旦那さん、大丈夫なの?」
「さあ。連絡ないから、なんとかなってんじゃないの」
さも気にしていないような口調で、あっけらかんと言う。
杏子の旦那さんに同情したくもなったけど、他人が余計な口出しをするところではないだろう。
実際、任せてしまえば、できてしまうこともある。
だけど。
なんともならなかった場合は、どうなるんだろう。
その場合、杏子の要望は達成しないんじゃないだろうか。
たとえば、土日のみの仕事というと。
前職のようなハードさでは家のことが疎かになるから、許可が降りないんじゃないだろうか。
「結婚て」
コーヒーをすすっていた杏子がカップから顔をあげて、ふと口を開く。
どこか宙を見つめる視線は、うつろだ。
「こんなに窮屈だと思わなかった」
しみじみと吐かれた言葉は小さなとげのようなもので、私の心をちくりと刺激する。
杏子は私が早く結婚したがっていることを知らないから、深く考えることなく口にしたんだろうけど。
心の深淵に突き刺さる。
「でもさ」
真顔に戻った杏子が、こちらに向き直る。
「あんた、今の彼氏とどうなってんの?」
「どうって?」
「結婚するつもりでいるんでしょ?」
「私はそのつもりだけど、向こうはどう思ってるんだか」
さっぱり、と今度は私が肩をすくめる。
同棲するでもなく、結婚話が持ちあがるでもなく。
ずるずると関係を続けているだけなんて。
陽平にとって、私は都合のいい女なんだろうか。