ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
「10分後に起こして」
そう言うやいなや、シングルベッドの隅で膝を抱えて寝息を立てはじめている。
なんで、私のベッドを占拠するのか。
というか、私を目覚まし時計代わりにするなんて。
もはや、彼女として見られている気がしない。
仕事が多忙のせいかもしれないけど、どうも釈然としない。
ふつふつと湧き起こる怒りをなんとかなだめて、のそりのそりと立ちあがる。
倦怠感がさほど残っていないのは、やはり行為に専念できなかったせいだろうか。
カーペットに落ちていたロングカーディガンをとって羽織ると、クローゼットにやおら手をかける。
静けさの満ちた室内に、ドアのスライドする音が思う以上に大きく響く。
「……う、う……ん」
背後で聞こえた陽平の声に、ぎょっとして振り返る。
起こしてしまったら、どうしよう。
そんな心配が脳裏によぎったけど、陽平は寝返りを打っただけのようだ。
熟睡を続けていて、起きる気配はない。
ふう、と安堵の息を吐きだして、クローゼットの中へ手を伸ばす。
手にしたのは、卒業アルバムだ。
どうしてだか、宏之の顔を無性に見たくなった。
たぶん、私の初めてを捧げた相手が、宏之だったからだろう。
雪が降りだしそうなくらい寒い日だったのを、今でもよく覚えている。
確か、学期末テストの時間割が発表された日だった。
教室の後ろの黒板に発表されたその時間割を手帳に書き写していると。
「よかったら、一緒に勉強しない? 俺の家で」
隣にいた宏之が、おずおずとそう告げた。
宏之の顔がどことなく紅潮していたのは、放課後の教室の窓から射しこむ赤い夕陽のせいだけじゃなかったと思う。
その言葉の意味するところには、すぐにピンと思いあたるものがあった。
家に行くというのが、どういうことなのか。
それがわからない年齢じゃなかった。
「うん、わかった」
わかっていながら、私はOKを返したのだ。
その時の声は、宏之は気づかなかっただろうけど、わずかに震えていた。