ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
「明日の昼ごはんにすればいいじゃないか」
「それはそうだけど」
「とにかく、なんか食いに行こうぜ。俺、腹減った」
陽平は立ちあがって、傍らに置いていたコートを着こむ。
休日であれば、手料理を振る舞うこともある。
けど、平日の夜遅くに訪ねてくれば、仕事で疲れた私が夕食の支度を帰ってからするとは、陽平だって期待していない。
玄関先へと向かう陽平のあとを追った。
陽平と向かったのは、駅に行く途中にお店を構えるこぢんまりとした小料理屋だ。
表通りではなく、路地に面しているために隠れ家的な存在で。
お客さんの数も比較的少なく落ち着いた雰囲気が気に入って、もはや行きつけと化している。
この日も週のなかばということもあってか、奥の壁際のテーブルに仕事帰りにちょっと1杯という風情の3人組のビジネスマンが飲んでいる程度だ。
あいていたカウンター席に並んで腰を下ろす。
「俺さ、来週から忙しくなるんだよ」
「来週から?」
声が上ずった。
春菊の和物を咀嚼している途中だったのに、思った以上に驚愕したせいか飲みこんでしまい、むせる。
「来週から12月だろ。去年もその前も、決算期の12月は俺、忙しかっただろ」
「そういえば、そっか」
傍らのおしぼりで口元を軽く拭いながら応答する。
忘れていたのではない。
陽平とは勤務している会社が異なる。
私の会社の決算期は2月だけど、陽平のところまで把握しているはずもない。
毎年12月を忙しそうにしていたのは、うろ覚えで記憶している。
だとしても、自分のことじゃないかぎり、いくら彼氏とはいえ、関心を寄せてもなかなか覚えているものでもない。