ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
「覚えてるよ、和田梓(わだあずさ)でしょ」
「私、全然覚えてなくて、一瞬焦ったよ」
小さい男の子を連れた妊婦さん――和田梓と別れたあと。
杏子に電話をしたら、なぜか晩ごはんを食べに行こうと言いだした。
デパートの最上階にあるレストランフロアの洋食店で、杏子と向きあいながら、ハンバーグをナイフとフォークを使って切り分ける。
瞬く間に肉汁が鉄板に溢れだして、食欲をそそる。
窓際だと、眼下に素晴らしいほどの夜景を臨むことができただろうに。
案内されたのは、壁際のテーブル席だった。
相手が女友だちだから、ムードを重視する必要はないけど。
でも、杏子のことが気がかりだ。
仕事をしている私に触発された、働きたいという思いは、その後、どうなったのか。
夜にこうしてごはんを食べるのをつきあうということは、嫌な展開を予感させる。
けど、どう切りだせばいいのかわからず、フォークを黙然と口に運ぶ。
「私、和田さんとは1年の時に同じクラスになっただけなのに」
2年、3年とは別のクラスだった。
顔を見て、見覚えがあると引っかかり。
声を聞いて確信を得たと話した和田梓の記憶力には、感服するよりほかはない。
彼女いわく、私の顔の造作は高校生の頃とほとんど変わっていないということらしい。
この10年で少しは成長したと自負していただけに、ショックにならざるをえない発言だった。
変わったと思っていたのは、私だけだったのか。
「2年の時、外村くんと同じクラスになったんだよね、和田梓は」
「そうなの? そんなこと、全然知らなかった」
「知らなかったついでに教えてあげると、彼女、外村くん狙ってたって噂」
「ほんと?」
「そりゃそうでしょ、外村くん、クラスでも目立ってたほうだったんだし」
そういえば、体育祭実行委員になった時、クラスメイトの推薦があったからだと話していた。
3年間、同じクラスにならなかった私は、クラス内での宏之の様子をほとんど知らないに等しいのだ。
「和田梓って、大学はこっちの四大に進学したはずなのに、就職で上京してたなんてね」
料理と一緒にオーダーした赤ワインを口に含ませながら、杏子はしみじみと言う。