ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
つきあい当初は、ごくごく自然にどちらからともなく手をつなぐこともあったのに。
人前でベタベタするのって、好きじゃないんだよな、と何かの拍子に漏らしたのがきっかけだった。
そのつぶやきは陽平にとってすれば、ひどく些細なことだったのかもしれない。
だけども、私の中で小さな染みを落とし、いつの間にか、その染みが大きな波紋を投げかけていた。
陽平のその言葉を思いだすたびに、人前では無邪気に甘えられなくなった。
ただ、隣に並んで歩くだけだったのに。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
手を出しかけて、なおも戸惑う。
いいんだろうか。
さまよいかけた視点を陽平に照準を合わせれば、いつになく穏やかな目がこちらに向けられている。
だけど、腕時計を一瞥すると。
「早くしろよな」
少し苛立ちを含んだ声が降ってきた。
急いでいるんだろう。
逡巡している場合ではないらしい。
その頃には冷静さをいくぶんとり戻していたこともあり、落ち着いてマンホールの穴に陥没したヒールを慎重に抜きだす。
改めて向き直ると、陽平の手におずおずと重ねる。
握り返される手は、思いのほか、温かい。
寒空のもとにさらされていたわけでもなく。
コートのポケットに入れられていたから、当然といえば当然なのかもしれないけど。
でも、温かいのはそれだけが理由ではない。
久々に手をつなげたことが、何よりも嬉しい。
大通りから脇道にそれる。
一気に人の往来の少なくなった細い路地を、手をつないだまま突き進んでいく。
しばらく歩いていると、レンガ調の外壁がしゃれた、一軒家ふうの洋館が右手に見えてきた。
この建物の前で足を止めた陽平につられるように、足を止める。
まさか、ここで?
勝手に胸が高鳴るのを抑止できない。