ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
「あのなあ」
顎をさすりながら、陽平はぽつりと口を開く。
「男にとっちゃ結婚てのは、責任問題なんだよ」
デリケートなんだよ、と声を張りあげる。
細い路地を行く、帰宅途中らしいビジネスマンふうの年配の男性が、ぎょっとしたように何事かとこちらを振り向く。
喧嘩でもしていると勘違いされたんだろう。
謝るように首を軽くすくめると、また前を向いて歩いていく。
「それじゃ、答えになってないよ。なんで結婚を決意したのか、訊いてるんですけどー」
話をはぐらかそうとする陽平に、ずいと問い詰める。
陽平はすぐに私から視線をそらす。
「えっとだなあ」
顎をこすっていた手を今度は後頭部にやって、そこをかきむしり始める。
「仕事で疲れてる時におまえの顔見てると、なんつーか、癒されてさ」
それって、腑抜けた顔をしているといいたいんだろうか。
褒められているようには聞こえない。
頬をふくらましかけている私に陽平は気づく様子はなく、前を据えたまま、先を続ける。
「それについこの間、高校ん時のクラスメイトに道端で偶然会ってさ」
視線を合わせてくれないにもかかわらず、真剣に吐露してくれているのが、伝わってくる。
「そいつ、前に同窓会で会った時は俺と似たような感じだったのに、結婚して奥さんいて、子どもももうすぐ産まれるって楽しそうに話してさ」
表通りのほうから車のクラクションの音が鳴り響く。
後頭部をポリポリかいていた手を止めて。
「そいつに負けた気がしてさ。それでまあ、焦燥感に駆られたっつーか」
語尾は弱々しく口ごもる。
疎外感と焦りを同時に受けたんだろう。
同レベルだと意識していた相手が、自分より上の位置にいることを知った時の悔しさは、当人にしかわからない。
ふだん、素直に打ち明けることの少ない陽平にとって、初めて聞く本音。
たどたどしくても、聞けたことが何よりも嬉しい。
前方に私のマンションが見えてきた。