ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-

コーヒーをずずずとすすって。

私の顔を見ないまま。



「……子ども部屋にしようかと」



何を言われたのか、理解するまで少しの時間を要した。

何度も脳裏で反芻しているうちに、今度はなぜか恥ずかしさがこみあげてきた。


あいているほうの手で口を押さえる。

子どもって、私と陽平の?

もちろん、それ以外には考えられないけど。


まさか、そんなことまで考えていたなんて。

唖然とするばかりだ。



それと同時に。

今まで結婚ばかりに、さんざん気がとらわれすぎて。

その先をまったく思い描けていなかったことに、驚くしかなかった。




この部屋で陽平に抱かれるのは、好きなほうではなかった。

隣人に声を聞かれるのは、ただ嫌だった。

隣人の声を聞かされるのも、不快だった。

そんな時はテレビをつけてボリュームをめいっぱいに上げるか、近所のコンビニに出かけるか、避難していた。


陽平と情事に及んだ翌朝。

偶然にも、隣人と玄関のドアを開けるタイミングが同じになってしまった時。

わざとドアをいったん閉めて。

立ち去るのを確認してから、改めて周囲を見回しながら開けるありさまだった。



一緒に住むようになれば。

たぶん、そういう隣人に対しての配慮は、今までよりはさほど必要じゃなくなる。



だけど。

この部屋は、陽平に初めて抱かれた場所だ。

想い出が、たくさん詰まっている。


ここを出る日が来るなんて。

その日はもう、目前に迫っているなんて。

しみじみと実感が湧きあがってくる。


クローゼット以外は家具つきじゃないこの部屋は、シングルベッドとパソコンラックと、ローテーブルと、テレビ台と、チェストなどを押しこんでいる。

もとから狭い部屋が、なおいっそう狭くなっている。


けどその家具は、すべて私が選んだものばかりだ。

無性に愛おしく思える。




あとひと月も過ごさないであろう、この部屋に。

今までありがとうと心からの感謝をこめて。


ベランダの窓もサッシも、フローリングの床も。

ひとつコンロのキッチンも、ユニットバスも。

本腰を入れて隅々までくまなく大掃除して。

いつもより丁寧に、きれいに磨きあげて。


すがすがしく新年を迎えてみるのも、いいかもしれない。

そんなことを考えながら、陽平に後ろから抱きついた。



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