ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
ふっ、と宏之が優しげに口元をゆるめる。
そして。
形のいい唇から発せられたのは。
「俺は、今でもおまえが好きだよ」
なんてことのないように、夜風に流れ消えるようにさらりと。
だけども、熱のこもった瞳にとらえられる。
なんで。
なんで。
こんな私をなんで、10年間も想いつづけてくれたの。
それなのになんで、この10年間、一度も再会を果たさなかったの。
夢みたいなことを言われて、嬉しくないはずがないのに。
どうしてだろう、素直に喜べない。
「彼女、いるんじゃないの? 東京で宏之を見かけた人がいて、その人が言ってたの、女の子とふたりで親しげそうだったって」
勢いに任せてまくしたてる。
和田梓から聞いたあの話は、なんだったというの。
あれはデートじゃなかったの?
ねえ私。
その話さえ耳に挟んでいなければ、陽平からのプロポーズを断っていたかもしれない。
そんな恐ろしいことを、考えてしまう。
なんの話をしてるんだ、と言いたげに怪訝に聞いていた宏之が、何かに思いあたったのか、合点の行った顔つきに変わる。
「俺、彼女いないよ」
「……嘘」
だったら、あの真相は?
和田梓は何を見たというんだろう。
あれは和田梓の、単なる勘違いだったというんだろうか。
「見かけたっていうそれ、たぶん会社の後輩の女の子じゃないかな」
「えっ、でも」
「彼氏とうまく行ってないみたいで、相談に乗ってほしいって言われたんだよ」
「本当にそれだけ?」
「それだけ。何度か食事に行って、終わり。俺、マジで女っけのない生活、してるから」
「でも……」
「まあ仕方ないよ、その子ね、俺なんか眼中なくて、彼氏に一途だから」
よもや、そんな真相だったなんて。
確認もせずに他人の話を、ただただ、鵜呑みにしていたなんて。
確認のしようもなかったけど。
ひとり舞台で、勝手に踊らされて、勝手にやきもきして。
バカバカしく、なんとも情けない。
乾いた笑いがこみあげる。
と同時に、泣きたくもある。
何を、していたんだろう。
何を、信じきっていたんだろう。
「幸せに、なれよ」
かすむ涙の幕の向こう側で。
宏之が薄く笑っているのが、見えた。