365days
指先の声
どんなに手を伸ばしても、届かないんじゃないかと思っていた。
伸ばして、伸ばして、もっと伸ばして、しまいにはこの腕が千切れてしまうんじゃないかとそう思った。
それくらい、遠い人だった。目の前にいるはずなのに、言葉を交わしているはずなのに、すぐにその姿を見失ってしまう。
その度に、私は途方に暮れる前に諦めかけていた。届くことはないから、と。
「どうした?」
時折聞くことができる優しい声が降りかかる。
私はゆっくりと首を横に降った。
「何でもないです」
大きな手が伸びてきて私の髪をなぞる。
その度に胸が忙しなく暴れる。
どんなに手を伸ばしても届かないと思っていて、仕方ないと心の何処かで諦めていて。
「何でもないなら笑っていろ」
髪を絡めた指先が酷く美しくて、私は微笑んだ。
「はい」
まさか、その手が伸びてくるなんて思いもしなかった。
このありえないと思っていた幸せを抱き締めるように、手を伸ばした。綺麗な髪に触れる。愛しい、と確かに思う。
「離さないでくださいね」
私が言うと、当然だと言いたげに笑った。
「何処までもお供しましょう」
芝居がかった台詞に小さく頷くと、私は大きな背中に腕を回した。
髪に触れる指先から、声が耳元に響いた気がした。