ルース
彼の最初の印象はそんなシンプルなものだった。
少しクセがあって固そうな黒い髪を無造作に立てて、その下には形のいいおでこ。
黒板を見たり、見るともなく彼を見たりしながら、その日の心理学の授業は終わった。
※※
来週のゼミの発表の準備の為に、図書館で調べものしながら、ある歌手の書いた少し下品で笑えるエッセイを立ち読みしていた時だった。
続きは、また図書館へ来たときに読むために、その本があった場所とは全然違うフランス語の本棚に差し込む。
「あれ、フランス語なんかとってたっけ」
通りがかった夏木さんに突然話しかけられて、焦る。
「うん、 まぁ」
軽く動揺を隠せないで答えると、夏木さんは少し不思議そうな顔をして、何かフランス語みたいな発音で言ってからにやっと笑うと、仕事場のカウンターへと戻っていった。
30歳で少し落ち着きのある夏木さんは、笑うと顔が崩れてかわいい。
そんなのもあり、女子学生の間では図書館王子と呼ばれて人気があった。
26歳で2年生の私にとっては、年が近いのもあり、学校の中では一番身近で気兼なく話せる人だった。
こんなマンモス図書館の2階の片隅で、私はほぼ毎日を過ごしていた。