キモチの欠片
「あの、せっかく誘っていただいたのに申し訳ないのですが、今日は人と約束をしているので。それでは失礼します」
誰とも約束なんてしていないけど一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
やんわりと断り、髪の毛を耳にかけながら軽く頭を下げた。
「ちょっと待って。じゃあ、いつなら食事に行ける?君の空いている日を言ってもらえたら都合付けるから」
郡司さんはあたしを引き留め粘り強く聞いてきた。
どうしてしつこく予定を聞いたり誘ってくるんだろう。
今日って偶然会っただけだよね?
そこまでされると、もしかして偶然じゃなく待ち伏せしてたのかも……なんて考えも生まれてくる。
取引先の人だから下手に扱えないのが難点だけど、こういう誘いにのることはあり得ない。
万が一、あたしの不手際のせいで社員の人に迷惑をかける訳にはいかないから、それなりの対応が求められる。
「あの、どういうおつもりで私を食事に誘っていただいているのか分かりませんが、私には付き合っている人がいるので男性と二人きりで食事には行けません」
下心アリの人にはハッキリと断った方が賢明だと判断した。
あたしの言葉に郡司さんは驚いたように目を見開いた。
「付き合っている人?おかしいな。俺は君がフリーだと聞いているけど」
えっ、誰からそんな情報を聞いたんだろう。
思わず身構えながら答えた。
「それは最近付き合い始めたんです」