【完】『潮騒物語』

帰宅すると、和室の襖越しから長唄の声がする。

「ただいま」

三味線の音色が止まった。

「あら、おかえり」

師匠をつとめる祖母の操は、弟子のほうを向いたまま、

「ご飯は台所にあるよ」

「おばあちゃんは?」

「私は済ましたから大丈夫」

とかえした。

「うん」

萌々子はキッチンで手早く夕餉を済ますと、着替えもそこそこに型紙でトランプ柄の生地を裁ちはじめた。

パーツが裁ちあがると次はマチ針で止め、仮縫いをしミシンにかけてゆく。

手慣れた様子で萌々子が縫い合わせてゆくと、次第に一着のロリータ服が、形をあらわしてきた。

そこへ縁にレースをつけ、スカートの下へ、パニエと呼ばれる膨らみを持たせるパーツを組み合わせると完成となる。

「萌々子は裁縫が上手だねえ」

そこへ長唄の稽古を終えた操が来た。

「この器用さは死んだ美奈子さんの血だね」

と操は、萌々子が幼いころ他界した母親の話をした。

「おばあちゃんは?」

「私はいわゆる芸妓さんだったからね、そういうのはからっきし」

とこの祖母は、歯切れのいい口跡でいった。

「あ、もうすぐ誕生日だよね」

萌々子は包装した端切れを出し、

「これで今度、プレゼント作るね」

「ありがと」

萌々子は後片付けをはじめていた。



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