【完】『潮騒物語』
果たして。
のぞみが謝る暇もなく早足で去っていった。
(どうして不機嫌だったんだろ…)
以来のぞみは若者を「造幣局の彼」と呼んで、妙に意識していたのである。
が。
それがまさしく慶その人であったのである。
(こんなところで会うなんて)
思ってもみなかったであろう。
のぞみにとって、生まれて初めての衝撃的な一目惚れの相手が、半年ほどメールで話していた慶だったのである。
しかし。
のぞみは秘密がある。
(バレたら嫌われる)
のぞみが悩んだのも無理はない。
ミナミの宗右衛門町の風俗店に出ている、俗にいう風俗嬢だったのである。
だが。
実に奇跡的としかいいようがないが、慶にとってそうしたことは小さな瑣末な面でしかなく、
「別に風俗してようが何であろうが、のぞみがのぞみらしかったら、それでえぇんとちゃうかなあ」
という風変わりな気質の持ち主であったことが、のぞみには幸いした。
そうしてその日のうちに、のぞみと慶の交際は始まった。