【完】『潮騒物語』
そのとき。
消防車が何台か、ミナミへサイレンを鳴らして慌ただしく走り去った。
嫌な胸騒ぎがした。
ついでながら慶の嫌な予感は、当たる確率が高い。
バイクを切り返し、抜け道の中通の一方通行を、難波のプランタンの交差点までくると、野次馬で道が塞がっている。
「島ノ内で火事らしいで」
話し声がした。
が。
煙は明らかにプランタンの北側で、日本橋(にっぽんばし)の西側である。
千日前の変電所にバイクを停め、阪町の郵便局を映画館の角へ出て相合橋を渡ると、のぞみの店のあるビルの居酒屋にいた顔見知りの店員を慶は見つけた。
「のぞみちゃん、行方不明やねん…」
聞いた途端、慶は規制線のギリギリまで来たが、ビルが紅蓮の煙火に巻かれていて消防隊すら近寄れないでいる。
ひとまず顔見知りの店員を連れて変電所まで戻って、バイクを駆って店員を生玉町まで送ってから、上大和橋を道頓堀川沿いに相合橋まで引き返すと、さらに人は増えている。
もはや慶には、なすすべがない。