あの夏よりも、遠いところへ

サヤの好きだった『パガニーニの思い出』を、俺はまだ、大切に弾き続けているよ。


「もう帰る?」

「うん」

「家、どこ? 送ってくし」

「いいよ、そんなの。清見が遅くなっちゃうじゃん」


北野には少し、こういうところがあるなあと思う。

女の子扱いされるのに慣れていないというか、ひとりでも大丈夫ですって感じ。強がりでも照れでもなく、きっと彼女は、それがあたりまえだと思っているんだ。


「そんなん気にせんでええねん。俺は男で、北野は女の子やねんから」


正直、自分で言っていて、ちょっと照れた。

こんな漫画みたいな台詞を、まさか自分が言う日が来るなんて思ってなかったし。遠藤のような男前ならまだしも、俺だし。

……北野、引いてねえ、よな。


「へえ。清見って、意外と真面目なんだ」


そういうわけじゃねえけどさ。

北野じゃなくても、たぶん、家まで送っていると思う。いままで女子と一緒に帰ったことなんか無いからぴんと来ねえけど。

でも、北野は少し違う。


「おう。俺はな、意外とデキる男やねんぞ」


やっぱりもうちょっと、北野と話してみたかったんだ。誰にも邪魔されずに、ゆっくりと。


北野の歩幅は小さくて、合わせるのが大変だった。北野も女子なんだな。いや、知ってたけどさ。

女子の歩幅に合わせるなんて慣れていなくて、どきどきした。

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