あの夏よりも、遠いところへ
6月の最初の日曜、雪ちゃんが目を真っ赤にして帰ってきた。面倒だなと思ったけれど、一応、どうしたのと訊いてみた。
「ううん、なんでもないよ」
「ふうん……?」
雪ちゃんはよく泣く。泣くだけじゃない。よく笑うし、よく照れる。あまり怒りはしないけど。
素直に感情を出せるところ、分かりやすいところ、とても羨ましいと思う。羨ましいとは思うけど、同時に物凄く、面倒くさそうだ。
その点、わたしは、怒りや嫌悪の感情が突出しているような気がする。
姉妹、合わせて喜怒哀楽。そんなの笑えない冗談みたい。
雪ちゃんは夕食に手を付けず、すぐに自室にこもってしまった。
東京にいたころはひとつだったわたしたちの子ども部屋は、このマンションに来て、ふたつに分けられた。ふたつ合わせても、東京の子ども部屋よりは狭いけれど。
住み心地は、良くもないし、悪くもない。
夜は真っ暗にしないと眠れない体質だ。豆電球は嫌い。
なにも見えない闇の中に、呼吸と、心臓と、秒針の音だけが響いているのが、幼いころから好き。
けれど今夜は違った。隣から聴こえるかすかなすすり泣く声に、苛々して、眠れない。