あの夏よりも、遠いところへ
すぐ隣の雪ちゃんの部屋に向かった。ノックもせずに開けると、案の定、彼女は頬を涙で濡らしていた。
「ねえ、うるさいんだけど」
我ながら、無慈悲な言葉だと思う。
わたしの怒りの感情が突出していると思うのは、こういうところだ。けど、苛々するものは苛々するんだから仕方がない。
それに、優しくしたってどうせ「なんでもない」とはぐらかされるんだから、そうする意味なんてないじゃん。
「ひとりで泣くくらいなら『なんでもない』なんて言うのはやめてよ」
「朝日ちゃん……」
ごめんねとつぶやいて、彼女は黙り込む。
ああ、もう。らちが明かないな。どうして雪ちゃんはそうやって、強くもないくせに強がるんだろう。かっこつけたがるんだろう。
こういうの、かまってちゃんっていうんだ。
「わたしに言えないことなら無理には訊かないけど、だったらめそめそ泣かないで」
「ごめん……」
謝ってほしいわけじゃないっての。
「陽斗くん……と」
もう放っておこうと自室に戻ろうとしたとき、ハルトという響きがわたしの背中を捕まえた。
雪ちゃんはいつから「陽斗くん」と呼ぶようになったんだっけ。陽斗もいつの間にか、雪ちゃんを「小雪」と呼ぶようになっていた。
わたしの知らない、ふたりの歴史。ふたりだけの歴史。