あの夏よりも、遠いところへ
陽斗は頭が良いから、だいたいどんな用事かは分かっていたみたい。そうでなくても分かるだろうけどさ。
それでも彼は、分かって、自分からはなにも言わないんだ。ずるいよ。
「上がる?」
「別に。すぐに帰るし」
目を真っ赤にさせた雪ちゃんがちらつく。目の前の無表情をうちに連れて帰って、あの涙を見せてやりたい。
「……どうして別れようなんて言ったの?」
「わざわざそんなこと訊きに来たんだ」
そんなこと。陽斗にとっては、『そんなこと』なんだ。
雪ちゃんがあんなに泣いて、わたしがこんなに腹を立てているのに。
むかつくよ。3年前の夏から、ずっと、むかついていたよ。わたしを振ったくせに、なんでだよ。
「どうして朝日が怒ってんの」
「だって……っ」
「朝日には関係ないじゃん」
思わずその頬を引っぱたいたのは、言い返す言葉がなにも浮かばなかったからだ。
そう。わたしには関係のないこと。
ふたりだけの歴史があって、ふたりだけの日々があって、ふたりだけの世界がある。
もうとっくに、わたしが入る隙なんか無かったんだ。きっと最初から無かった。
「……小雪とのことは、放っておいてよ。おれたちの問題だから」
目の前で傷付いた顔をしてみせた陽斗は、まだとても雪ちゃんが好きなのだろうと思ったけれど、なにも言えなかった。