あの夏よりも、遠いところへ

陽斗は頭が良いから、だいたいどんな用事かは分かっていたみたい。そうでなくても分かるだろうけどさ。

それでも彼は、分かって、自分からはなにも言わないんだ。ずるいよ。


「上がる?」

「別に。すぐに帰るし」


目を真っ赤にさせた雪ちゃんがちらつく。目の前の無表情をうちに連れて帰って、あの涙を見せてやりたい。


「……どうして別れようなんて言ったの?」

「わざわざそんなこと訊きに来たんだ」


そんなこと。陽斗にとっては、『そんなこと』なんだ。

雪ちゃんがあんなに泣いて、わたしがこんなに腹を立てているのに。

むかつくよ。3年前の夏から、ずっと、むかついていたよ。わたしを振ったくせに、なんでだよ。


「どうして朝日が怒ってんの」

「だって……っ」

「朝日には関係ないじゃん」


思わずその頬を引っぱたいたのは、言い返す言葉がなにも浮かばなかったからだ。


そう。わたしには関係のないこと。

ふたりだけの歴史があって、ふたりだけの日々があって、ふたりだけの世界がある。

もうとっくに、わたしが入る隙なんか無かったんだ。きっと最初から無かった。


「……小雪とのことは、放っておいてよ。おれたちの問題だから」


目の前で傷付いた顔をしてみせた陽斗は、まだとても雪ちゃんが好きなのだろうと思ったけれど、なにも言えなかった。
< 122 / 211 >

この作品をシェア

pagetop