あの夏よりも、遠いところへ
 ◇◇

清見がうちにやって来た。突然。彼のピアノが聴きたいと思っていたから驚いた。

彼は雪ちゃんのことをとても気にしていて、笑えた。雪ちゃんはきれいだもんね。清見は変なやつだけど、そういうところはきちんと高校生なんだなあ。

彼の買ってきてくれたチョコは甘ったるくて、美味しかった。



「――ナイスシュート」


放課後、ひとりで体育館に向かう清見を追いかけたのは、彼がきょう一日、うかない顔をしていたからだ。

ひとりで黙々とフリースローをする背中はどこか淋しそうで、とても気になった。バスケ部のくせに全然シュート決まんないしさ。


「……き、たの」


まるで覚えたての英単語みたいな、それはとてもぎこちない響きだった。

わたしのほうを振り返った清見は、なんだか物凄く、情けない顔をしている。


「いつから?」

「最初から。ずっと見てたよ、情けないシュート」

「……最悪や」


小さくつぶやくと、しゃがみ込んで短い髪をぐしゃっとする。


「テスト勉強は大丈夫なの?」

「いや、やばいっすよ……」


やばいのに、わざわざきのう、うちまで来てくれたんだ。すごい。わたしだったら絶対に行かないや。
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