あの夏よりも、遠いところへ

ぽんとボールが飛んできた。まずはわたしがオフェンスで、清見がディフェンス。ということみたい。知らないけど。


「北野、走れ」

「えっ」

「ドリブルして走るねん。球技大会でやってたんといっしょ」


一緒じゃない。あのときの相手はバスケのバの字も知らないド素人だったもん。

けどいま目の前に立っているのは、バスケ部の、しかも男子の、清見。


「……うん、分かった」


手のひらを地面に向けて、トンと、一度ドリブルをした。

そのまま右手でドリブルをしながら、清見の身体の左右を見る。右? 左? どっちに行くべき?


「空いてる左腕で俺のディフェンスをかわすねんで」

「えっ」

「そのまま走ってゴールの下!」


言われるがままにすると、意外と簡単にゴールの下まで行けてしまった。けれど次の瞬間、わたしの右手にあったはずのボールは消えていた。

まるで魔法みたい。本当に一瞬だったんだ。知らないうちに、ボールは彼の左手の中に収まっている。


「……全然手加減してないじゃん」

「してるて!」


してないっての。片足は動かさないとか、それくらいのハンデがないと無理だよ。


「じゃ、次は俺がオフェンスな」


でも清見が嬉しそうに笑うから仕方がない。そんな顔されちゃ、文句のひとつも言えない。
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