あの夏よりも、遠いところへ
上手くいかねえことばかりだよな。
お姉さんの彼氏のこと、まだ好きなんだろうと思った。北野は「べつに」なんて言ったけどさ。そんな感じする。
だって北野は、俺の目を見なかったんだ。
誰かを好きになるってのは、こんなにも簡単なのに、こんなにも難しい。
「兄ちゃん、テスト期間ちゃうん?」
妹のために購入したはずのピアノは、もうすっかり俺のものになっている。スミレは中学に上がる前にピアノを辞めた。
サヤに託されたたくさんの曲たちを、俺は独学で、少しずつ弾いている。まだまだ半分もできてねえけど。
「勉強せんとピアノばっかり弾いとったら赤点やでー?」
「お前に言われたないっちゅーねん」
ひたすらピアノを弾いている俺に、妹は拗ねたように口を尖らせた。
俺も文系、スミレも文系。俺はたいして頭が良くねえはずなのに、彼女はテスト期間になると、決まってひとつ年上の兄を頼ってくる。
正直、めちゃくちゃだるい。もう終わった範囲なんて、覚えてねえよ。
「なあ兄ちゃん。ここの公式やねんけどさー」
「知らん。黙っとけ」
「どけち」
ていうか、お前のほうがレベルの高い高校に通ってるだろうが。
嫌だな、テスト。勉強するのも嫌だし、赤点を取って再試になるのも嫌だ。再試になったら部活出れねえもん。