あの夏よりも、遠いところへ
 ◇◇

音楽大学っていうと女ばかりのイメージだったけど、実際はそうでもなかった。男もちらほらいる。

想像以上に建物はでけえし、敷地は広いし、外国みてえだ。スミレも連れてこればよかったな。ひとりだとなんだか落ち着かねえよ。


オープンキャンパスに来るということは誰にも言えなかった。学校のやつらはみんな、俺がピアノを弾くということは知らねえし。

北野にも言えなかった。なんとなく。

北野に言ったら、絶対にこの大学を受験しなければいけなくなるような気がしたんだ。


ホームページを覗いてみると、本当にサヤのオカンはここの教員だった。とか言いつつ、本当はすげえ、その名前を探してたんだけどさ。

ピアノの講師らしい。いるんだろうか、きょう。

でも、サヤの通夜以来会ってねえし、顔を合わせてもたぶん俺だって気付かないだろうな。


「――蓮くん?」

「えっ?」

「清見蓮くんちゃう?」


驚いた。思った傍からかよ。

立ち止まり、目の前で上品に笑う中年の女性は、相変わらず愛しいひとによく似ている。


「……サヤの、オカン?」

「わ、やっぱり! めちゃくちゃ久しぶりやねえ。もう高校生?」

「あ、いま……2年っす」

「まあ、大きなって! ええ男になったわねえ」


いい男になんかなってねえよ。6年経ってもまだ初恋を引きずっている、ただの女々しい男だ。
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