あの夏よりも、遠いところへ

彼女はとても元気そうだった。楽しそうに話しながら、あちこち案内してくれた。

それにしても印象が全然違う。あの日は娘の通夜だったわけだし、仕方ないのかもしんねえけど。


「それにしても、まだ蓮くんがピアノを弾き続けてくれてたなんてね。あの子の楽譜、まだ持っといてくてれるん?」

「はい。ちょっとずつ弾いてます」

「そっか。ほんまにありがとうねえ」


楽譜だけじゃない。彼女が俺にくれた手紙も、まだ大切に持っている。

どうしても読み返すことができない、あの手紙。


「なあ、せっかくやし、弾いていく?」

「えっ? ピアノ、っすか」

「あはは、それ以外もできるん? ただ私が聴きたいだけやねんけど、ね。ええやろ?」


彼女は俺の返事を待たないで、すたすたと歩みを進めてしまった。サヤのちょっと強引なところ、母親譲りだったんだな。

いいのかよ。勝手にそんなことしちゃってさ。俺なんて、まだ受験するかも決めてない、しょうもねえ高校生なのに。


ああ、ダメだな。俺の2歩前を歩く女性の背中に、どうしてもサヤを重ねてしまう。

もし彼女が生きていたら、いまこうして、こんなふうに一緒に歩けていたんだろうか。彼女は夢を叶えていたかな。ガキの俺になんか目もくれず、男前とあっさり結婚したりしてさ。


会いてえよ。俺もう、すげえ、でかくなったよ。
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