あの夏よりも、遠いところへ
清見家のお姫様は強い。こんなにかわいい顔をしているくせに、怒ると鬼みたいに怖いんだ。
「なんで黙ってるん。なあ、後ろめたいことがあるからやろ?」
「べつに……なんも無いわ」
「嘘つき。どうせてきとうな女と寝たんや」
てきとうじゃねえよ。
「兄ちゃんは、『サヤ』ちゃうかったら、誰でもええねん」
なんで知ったふうな口をきくんだよ。
なにも知らねえくせに。サヤのこと、俺のこと、小雪さんのこと、スミレはなにひとつ知らねえくせに。
「……じゃあ、お前はなんやねん。なにを知ってんねん。俺のこと、なんも知らへんやろ」
「知ってるわ! いつまでも初恋の女を引きずってる、女々しくてきしょい男や。兄ちゃんはきしょいねん。『サヤ』も、兄ちゃんに朝帰りさせた女も、みんなきっしょいねん!」
平手打ちをしていた。本当はグーで殴りたかったけど、スミレは女の子だから、パーにしてやった。
「たしかに、俺はきしょい。女々しくて最悪な男や。けど、お前はサヤの――小雪さんのなにを知ってるん?」
スミレは俺のベッドの上でうずくまり、わんわん泣いていた。朝方なのに、ご近所さんの迷惑も考えねえで。
「……スミレがよかった」
「は?」
「なんでスミレは、兄ちゃんの妹なん……?」
知らねえよ。なんだよ、それ。考えたこともねえ。