あの夏よりも、遠いところへ
「ずっと『サヤ』が羨ましかった。むかついとった。兄ちゃんのいちばん好きな女に、スミレがなりたかった……!」
言っている意味が分からなくて、だんまりを決め込んだ。なにを言ってもスミレは怒って喚き散らすだけだろうし。
それでもそんな俺も気に入らねえらしく、今度は彼女のスマホが飛んできた。
「コユキて、誰やねん……」
「……サヤにめっちゃ似てるひとや」
「付き合うてるん?」
「ううん。一回、寝ただけや」
小雪さんは、とても優しく、きれいで、天使みたいな女性だ。
でも、サヤに似ている彼女を、不思議と、欲しいとは思わなかった。これ以上を望む気にはならなかった。
終わったんだ。きのう。正確には、さっき。俺の長い初恋は、終わった。
「死ねっ」
妹はなにが気に入らないのだろう。
捨て台詞は短く、甲高く、強かった。彼女は寝巻のまま俺の右側をすり抜けて、家を飛び出した。
「おい、スミレっ」
どうしたんだよ。なにが気に入らねえの。兄ちゃんのこと、汚ねえって、思ったのかな。
朝っぱらから騒々しい兄妹喧嘩に、オトンとオカンが揃って起きてきた。朝帰りをしたことは怒られなかったけど、今度からは連絡くらいしろと言われた。
それよりもスミレだ。あいつ、スマホを俺にブン投げたまま出て行ったから、連絡がつかねえじゃん。