あの夏よりも、遠いところへ

「……本当は私、いつも朝日ちゃんに嫉妬してたんだよ」


涙をぼろぼろ流しながら、雪ちゃんは困ったように笑う。


「嘘をつくことを知らなくて、堂々としていて。こんなにかっこいい妹がいて、私はいつも肩身が狭かったな」

「肩身が狭かったのはわたしのほうだよ……。雪ちゃんは、どこに行ってもかわいがられるから」


雪ちゃんが眩しそうに目を細める。つられて目を細めると、もう一筋、涙が頬に伝った。


「朝日ちゃんは、そのままでいてね。自分を恥じないで。胸を、張っていて」

「うん」


それは、雪ちゃんも同じ。


「お父さんとお母さんにあんなふうに怒られて……ひっぱたかれたりして、どうしていいか分かんなくなっちゃった。はじめてだもん、こんなの」

「そうだね。痛そうだった」


彼女は少し黙って、続けた。なにかを決意したみたいな強い顔だ。はじめて見る、強い姉の表情。

真剣な視線をくれるから、わたしも同じくらい、真剣な眼差しを返した。


「朝日ちゃんはきっと覚えてないだろうけど、昔、お父さんの大切なスーツを破っちゃったことがあるの。やったのは私。だけど、お父さんとお母さんに『どっちがやったの?』って訊かれたとき、朝日ちゃんは間髪入れずに、『朝日』って答えたんだよ」


そんなことあったっけ? 全然覚えてないや。

雪ちゃんは再びかわいい顔を歪ませて、ぽろぽろと涙を流し始める。知らなかった。雪ちゃん、そんなことに罪悪感を覚えて、いままで苦しんできたんだ。
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