あの夏よりも、遠いところへ
雪ちゃんの両腕が、もう一度わたしをぎゅっと抱きしめた。
「ずっと私は朝日ちゃんの犠牲の上で生きてきたんだよ。ごめんね」
「犠牲なんて言わないでよ。べつにわたし、やりたいようにやってるだけだし」
そんなふうに、勝手にわたしを可哀想な立場にしないでほしい。わたしはただ、嫌いなものに牙をむいて生きてきただけ。この理不尽な世界が、大嫌いなだけだ。
「朝日ちゃん、強くて優しくて、憧れるなあ。ホンモノって感じだもん」
「なにそれ」
優しさとか強さに、ホンモノもニセモノも、きっとない。
「……雪ちゃんはさ、ちょっと、優しさの使い方を間違えてるだけだよ」
「使い方?」
「そうだよ。清見のことだって、そうでしょ」
もしかしたら、清見には本当に雪ちゃんが必要だったのかもしれない。初恋のひとのこととか、あんまり知らないけど、相当雪ちゃんと似ているみたいだし。
でも、本当にそうだったのかな。雪ちゃんがそこまでする必要があったのかな。
なんて、ただのやきもちかもしれないけどさ。だってどこかで、わたしが清見の初恋を成仏させてあげたかったなんて、子どもじみたことを考えている。
「……蓮くんに、聞いたの?」
「まあ、たまたまばれただけだけど」
「そっか」
じゃあ本当に吹っ切れたのかなと、雪ちゃんは安心したように笑った。