あの夏よりも、遠いところへ
なんだか照れくさかった。それは雪ちゃんも同じなようで、恥ずかしそうにへらりと笑って、そそくさとキッチンに戻っていった。
「ねえ、朝日ちゃん」
「なに?」
「私、お父さんとお母さんと、ちゃんと話すね」
雪ちゃんはすごいな。わたしのことを強いなんて言うけど、雪ちゃんだって、じゅうぶんだ。
わたしもたぶん、お父さんとお母さんと話さないといけないんだろうと思う。でも、いまはまだ、ダメだな。途中でむかついて怒っちゃいそう。
うん。いまは、まだダメ。でもそれでいいんだ。だって、まだわたし、高校生だし。思春期だし。
きっといつか、お父さんとお母さんの気持ちが分かる日がくる。いまの自分を思い返して、ゴメン、アリガトウって思える日が、そのうちくる。
だからいまはこのままで。小雪が正義で、朝日は悪でもいいよ。同じように、いまのわたしの世界では、大人は悪なんだしさ。
「朝日ちゃん、なんか変わったね。なにかあった?」
「そう?」
「うん。かわいくなったよ。それと、雰囲気がまあるくなった。ちょっとね」
真っ先に思い出す。アーモンド形の目と、茶色っぽい短髪。
「……さあ。なんだろうね」
いまは清見のこと、なんて言ったらいいか分からない。思い出すと胸がきゅっとなって、それからぞわってする。全身に鳥肌が立つくらい、わたしは清見のこと、好きなのかもしれない。
けど、いつかちゃんと言おう。絶対、最初に雪ちゃんに言おう。
なんだかとても、清見のショパンが聴きたい。