あの夏よりも、遠いところへ
北野のことを考えていた。ずっと。寝ても覚めてもってこういうことか。「死ね」って言われた。あれは本気だった。
でも俺は、たぶん、本当に死んだほうがよかった。
「――清見」
遠藤はいいなあと思う。目の前に立つ、すらっとした男前にはまるで悩みがないようで、「なんやねん」と机に顔を突っ伏した。
「めっちゃ機嫌悪いやん。どしたん?」
「べつに、そんなんちゃうし」
「あー?」
ふたりきりの保健室で、どうして北野を抱きしめてしまったのか、正直分からない。
けど、ああせずにはいられなかった。上手いこと言えなくてさ。伝えたいモノは身体中からこみ上げてくるのに、なにひとつ言葉にはならなくて、死ぬほどもどかしかったんだよ。
それでも、北野はすっぽり収まってくれた。意外と小せえんだ。いつも堂々としているから、もっとでかいイメージだった。でかいって、人間性がさ。どう足掻いても敵わねえ感じ。
『――清見だけはとられたくない』
何度だって再生される、あの凛とした声。
北野のこと、特別だとは、思っている。恋愛とか、そういうのかどうかはよく分かんねえけど、特別だ。だから、この言葉はすげえ嬉しかった。
小雪さんと寝て、見事にばれて、死ねって言われて。終わったと思ったよ。なのに北野は、そんなことを言ってくれたんだぜ。奇跡だ。
俺だって、北野だけはとられたくねえよ。誰にって訊かれても、ぴんと来ねえけど。