あの夏よりも、遠いところへ
 ◇◇

スミレは夏が嫌いらしい。だからめちゃくちゃ機嫌が悪い。それでなくても言い合いは日常茶飯事なのに、マジ面倒くせえ。


「なあ兄ちゃん。アイス買うてきてや」


きょうは、俺が帰宅すると、開口一番この命令だった。


「はあ? どの口が言うねん。俺は部活帰りで疲れとんじゃボケ」

「そんだけしゃべれるならじゅうぶんじゃボケ」


誰がボケじゃボケ!

アイスといっても、ハーゲンダッツを買ってこないとまた機嫌が悪くなるんだろう。あのプチ家出以来、俺は多少スミレに優しくしているつもりだけど、金が絡んでくるとなれば話は違う。


「おまえ、男おるなら男に奢ってもらえや」

「……なんやねん、それ」


俺たち兄妹は仲が良いはずだった。言い合いはするけど、本気で言い合っているわけじゃねえ感じ。どっちかっていうと、馴れ合いに近い感覚。

でも、分かる。スミレは最近、本気で俺に苛々しているんだと思う。それが伝染して、俺も本気で苛々する。


「そんなんやから兄ちゃんには彼女ができひんねん」

「放っとけ」

「放っとかれへんわ!」


意味分かんねえよ。洗面所でカッターシャツを洗濯機にぶちこんでいると、わざわざスミレもついてきた。文句ばっかり垂れるくせに。

女ってのは分かんねえな。なにがしたいのかさっぱりだっての。
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