あの夏よりも、遠いところへ

「……なに、俺のためなんかに泣いてんねん」


スミレがそんなふうに思ってくれるように、俺だって同じように思う。

こんな兄じゃなくて、もっと他に良い男なんてたくさんいる。スミレはかわいいし、きっと幸せになるチャンスがたくさんあるはずなんだ。

そういうのを逃さずにちゃんと掴んでほしいって思うんだよ。兄ちゃんはさ。


「全然、意味分からへんしさ。おまえが俺のこと好きとか、やっぱりまだ信じられへんよ。笑い飛ばすんが正解か思たわ。けどおまえ、泣くし」


びっくりしすぎて、お決まりの頭よしよしすら出来ねえし。


「正直、スミレのこと、女とは思えへん。妹やねん。どうがんばっても妹やねんな。めっちゃむかつくし、メンドクサイし、でも、めっちゃかわいい妹や」

「……スミレ、いま、振られてるん?」

「まだ終わってへん。聞け」


親指で涙を拭ってやると、マスカラが剥げて、俺の指についた。化粧の下には幼い妹がいて、スッピンのほうがいいと思った。


「スミレが俺に『幸せになってほしい』て思うように、俺かて、スミレには幸せになってほしい。スミレのこと幸せにできるんは、俺ちゃうやろ?」

「……うん」


ドラマや漫画で、兄と妹の恋愛を見ることがある。そういう恋愛、世の中には本当にあるのかもしれない。けど、妹がいる俺としては、いつも「ねえな」って冷めた目で見ていた。

でも、それは決してスミレのことを嫌っているわけではなくてさ。

大事なんだよ。たぶん俺、スミレの結婚式は号泣すると思うぜ。
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