あの夏よりも、遠いところへ
夜のプールは黒々としていて、迫力満点だ。明かりを付けると、白い光がゆらゆら水面を泳いで、とても幻想的だった。
「これ、バレたら怒られるやんなあ」
「学校に忍び込んだ時点で怒られるよ。いいじゃん」
北野はかっこいい。かっこよくて、オモロイ。そのくせかわいい。
この衝動をどうすればいいのか分からなくて、靴と靴下だけ脱ぐと、そのままプールに飛び込んだ。
制服はどんどん水を吸って、めちゃくちゃ重たい。脱いでしまいたかったけれど、一緒にいるのは北野だし、やめておいた。
水は冷たくて気持ちいい。
「北野、水苦手なん?」
「……うん」
そりゃまあ、気絶してたくらいだしな。
北野は俺と同じように裸足になり、プールサイドに座っても、足先すら水に入れようとしない。それでも、俺が彼女のほうに移動すると、北野はゆっくり両足をプールに入れた。
「……冷たい」
伝えたい気持ちってのは、いざというときに言葉になってくれない。月明かりを背に、目を伏せて脚を泳がせる北野はとてもきれいで、手を伸ばそうとすら思わなかった。
生きている。
すげえことだ。俺も生きていて、北野も同じように生きている。当たり前のように毎日会えていることは、奇跡なんだよな。