あの夏よりも、遠いところへ

無言だった。無言で隣にいた。いったいなにから切り出せばいいのか分からなかった。

情けねえ俺の代わりに口を開いたのは、北野のほうだった。


「雪ちゃんと話したよ」

「えっ?」

「心のなかのもやもやが半分なくなった感じがする。清見のことも、心配してたよ」


それは嫌味でもなんでもなく、彼女は本当に、どこかほっとしたような表情を浮かべているようだった。


「雪ちゃん、彼氏と上手くいってるよ」

「ほんまに?」

「残念?」


そう言っていたずらに笑った北野に、焦った。もしかしたら俺なんて、こいつの眼中にもないんじゃないかって。そしたらこわくなるんだ。頭、真っ白だよ。


「俺、小雪さんのこと、好きとちゃうで」

「うん」

「ちゃうからなっ」


うん、と。北野はもう一度言った。

好きなのはおまえやでと、勢いに任せて言えたらどんなにいいか。でもヘタレな俺がそんなことをできるはずもなく、ただ「ほんまやぞ」と言うばかりだ。

笑えねえよ。ダサすぎだっての。


ざばっとプールから上がって、あの白い箱を持ってきた。北野には言っておきたいと思った。北野と、共有したいと思ったんだ。

この宝物みたいな、それでいて首輪みたいな箱を、北野だけには知っていてもらいたい。
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