あの夏よりも、遠いところへ
オカンが足を止めたのは、やっぱりあの見慣れた家の前だった。めまいがした。
「蓮、大丈夫?」
「……うん」
大丈夫や、なんて威勢のいいことを言う余裕はもう残っていない。小さく頷いた俺の手をオカンに引かれてやっと、敷地内に足を踏み入れることができた。
そういえば、玄関から入るのってはじめてだ。いつもはぐるりと裏に回って、サヤの部屋の窓から直接入っていたんだっけ。
もうすでに予感は確信に変わっているのに、まだどうしても実感が湧かないのは、きっとそのせいだ。
「まあ、清見さん。こんばんは。わざわざありがとうございます」
「岸谷さん、このたびは本当に……。お悔やみ申し上げます」
サヤのオカンは、彼女とよく似ている。柔らかい栗色の猫っ毛とか、まあるい目とか、小さなくちびるとか、もうまるで生き写しだ。
赤く充血した目を、白いハンカチで何度も抑えながら気丈に話す彼女は見ていられなくて、思わずふいっと目を逸らした。
知らない大人だらけだ。黒い服は空気の重さを更に増やすばかりで、嫌だな。
この重苦しい空気の向こう側にサヤが横たわっているだなんて、やっぱり、とうてい思えねえんだよ。
「……蓮くん、よね?」
「えっ……」
「来てくれてありがとう」
サヤのオカンが腰を屈めて、俺の顔を覗き込んでいた。
びっくりして何も言えない俺に、彼女はサヤによく似た顔で、淋しそうに笑うばかりだ。