あの夏よりも、遠いところへ
――蓮へ
蓮、まずはごめんなさいを言わせてください。嘘をついてしまったこと、本当に申し訳なく思っています。
蓮には何も知られたくなかった。かわいい生徒に心配をかけるなんて、先生として失格だと思ったんです。
蓮と過ごしたのはたった1か月と少しだったけれど、どの一瞬も、私にとってはかけがえのない宝物です。
私を見つけてくれてありがとう。私のピアノを好きだと言ってくれてありがとう。
私も蓮のピアノが大好きですよ。
バスケにプールに連弾に、色々な約束をしましたね。どの約束も果たせないままになってしまったこと、許してね。
けれど、本当に、すべてやりたかった。蓮と一緒にやりたかったです。
これは私の勝手なわがままですが、私の大切な曲たちを、蓮に託させてください。
弾いてくれなくたっていい。持っていてくれるだけで充分なのです。
そして蓮がもう少し大人になったとき、少しでも私を思い出してくれたらと思います。それだけで、私がこの世界に生まれてきた意味があったと思えるから。
蓮、本当にありがとう。最後にとても素敵な思い出ができました。
私はこれからオタマジャクシになって、五線譜の上を泳ぐつもりです。五線譜のオタマジャクシを見たら、きっと私を思い出してね。
ここからは余談ですが、『蓮』、いい名前ですね。気になって花言葉を調べました。
いつまでも、神聖で雄弁な、清らかな心のあなたでいてください。そういえば苗字も『清見』だなんて、まるで謀ったみたいです。
それでは、おやすみなさい。どうかあなたが幸せな人生を歩めますよう、心から祈っています。
岸谷 沙耶――