あの夏よりも、遠いところへ
引っ越しのこと、新しい学校のこと。お父さんはなんか色々と言っていたけれど、てきとうに聞き流しておいた。
それよりも雪ちゃんが気になる。彼女は今夜、夕食にほとんど手を付けなかったんだ。
「雪ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
そんなこと言いながら、部屋に戻ってきても、今夜はピアノに触れようともしないんだね。
そりゃそうだよね。陽斗のこと、気になるよね。
わたしも、一番最初に頭に浮かんだのは、彼の顔だった。
「……陽斗に、言わないとね」
特に仲の良い友達もいないから、わたしはたぶん、引っ越しも転校もそれほど苦じゃない。面倒くさいとは思うけど。
けれど雪ちゃんは友達も多いだろうし、なにより、両想いの好きなひとが、ここにはいる。
「朝日ちゃんが……言ってくれる?」
「え?」
「朝日ちゃん、立川くんと仲良しみたいだし。伝えておいてくれないかな。私、夏休みはたぶん、立川くんに会わないし」
そんなふうに、淋しそうに笑っているくせに、わたしに頼むの? そんな大事なことを、わたしにさせるの?
雪ちゃんはいつだって、ずるいんだよ。
「……自分で言ってよ」
「え……?」
「わたしはわたしのお別れをちゃんとしてくる。でも、どうしてわたしが雪ちゃんの分までしなくちゃなんないんだよ」
わたしじゃ意味がないんだ。どうして気付かないの。むかつくよ、雪ちゃん。