あの夏よりも、遠いところへ

向かう先はひとつしか思い浮かばない。

サルスベリの丘に登ると、見下ろす街は色とりどりに輝いている。すごい。ここは田舎だけど、たしかに東京なんだなあ。


それにしても寒い。なんだよ。もう少しで8月なんじゃないの。

陽斗がいない丘はなんだか変な感じ。

こんな時間に彼がいるとは思わなかったけれど、期待していないわけではなかったよ。


もうじゅうぶんかっこ悪いじゃん。お別れしてくるなんて言っておいて、結局会えないんだもん。

朝まで居ようか。そしたら、陽斗はまた、ここから空を触りにやって来るかな。


サルスベリ、昼間と違って赤くないな。黒くて大きくて、まるでおばけみたい。


「……何してんの、朝日」

「へっ?」


突然背後から名前を呼ばれて、自分でびっくりするほど大きな声を上げてしまった。


「えっ……陽斗、なんで……?」

「北野さんから連絡があったんだよ。朝日が出て行ったって」

「それで……来てくれたの?」

「だってたぶん、おれしか見つけられないと思ったから」


なにそれ、むかつく。わたしのことなんかお見通しってことかよ。

それなのにわたしの気持ちには気付いてくれないんだから、陽斗は腹が立つんだ。


「そしたらやっぱり、ここにいた」


だって、他に行くところなんて思い浮かばなかった。
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