あの夏よりも、遠いところへ

それにしても空が青いなあ。空の青と桜の桃色のコントラストは本当に見事だ。

地球のどこに行って見ても、たぶん、この色は変わらないんだろう。不思議。


子どもと大人の世界の見え方は違うって、どこかで聞いたことがある。

大人になればなるほど、この世界が色褪せて見えるんだって。本当かな。

小さいころに見た景色なんて覚えてないし、分かんないや。

けれど、もっと昔、あの空はもっと深い青色で、あの桜はもっと鮮やかな桃色だったのだろうか。そうだったら、なんだかとても悲しいよ。もうその色を目にすることはできないんだ。


ふと、ピアノの音が聴こえた。小さいけれど、はっきりとした音だった。


「……これ、ショパンだ」


わたしがショパンを聴き違えるはずがない。

『パガニーニの思い出』。あまり有名な曲ではないけれど、繊細で優しい、大好きな曲のひとつ。


誘われるがままに音のほうに歩みを進めた。

とてもいい演奏をするんだもん。いままでに聴いたことのないような、切ない音色で。


大人になればなるほど世界は色褪せていくのかもしれない。でも、音は、衰えることなく耳に届くと思う。それどころか、どんどんきめ細やかになっていく。

切なさや愛しさ、淋しさまで音楽は表現してくれるってことを、わたしは昔、知らなかった。
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