あの夏よりも、遠いところへ
何事も無かったかのように、教室からは次々と人が消えていく。夕陽のオレンジに染まる空間で、委員長はひとり、黙ってモップがけをしていた。
残るは委員長とわたしのふたり。じいっと彼女を見つめていたわたしを、その怯えた瞳が捕まえた。
「……あ、北野さん……帰らへんの?」
「馬鹿みたい」
「え……?」
「嫌なら嫌って言えばいいじゃん。あいつらだって同じ人間だよ。中学生かよ。気持ち悪い」
委員長はくちびるを噛みしめたまま、視線を落とす。そういうのがダメなんだ。真っ直ぐ前を見ていないから、イジメの対象になるんだよ。
「北野さんは、強いねんな」
「なにそれ」
「ええなあ、逞しくって。そんなふうに言うてくれたんは、北野さんがはじめてや」
そりゃ、あんな家で育っていれば、嫌でも逞しくなるっての。
そういえば委員長がこんなふうに話しているの、はじめて聞いたかもしれない。ちゃんと話せるんじゃん。いつもはなにを言われても黙ってばかりだから、知らなかった。
高くて細い、かわいらしい声で話すんだな。
「本当はわたしが文句言いたかったけど、それじゃ意味ないでしょ。自分で文句言いなよ」
「……ううん、ええねん。ありがとう」
そんな、泣きそうな顔で笑うくせに、なにがいいんだよ。よくないじゃんよ。
腹が立った。あいつらにも、あいつらに屈している、このか弱い人間にも。