あの夏よりも、遠いところへ
「――やめてっ!」
ああどうしようかと、変に冷静に考えていた、そのとき。
教室に響き渡った高い声に、わたしも、わたしを捕まえている手の持ち主も、一瞬だけ時間が止まった。
「き、北野さんは……関係ないやろ? 私の問題やし……っ」
委員長の声……だった? あんなに大きく響いた声が? 本当に?
涙をこらえながら肩を震わせ、声を振り絞るその姿に、たぶんクラス中が驚いていたと思う。
「……私、バスケにする!」
いつの間にか自由になっていた頭を持ち上げて、髪を手ぐしで整えた。
クラスメートみんなが見ている状況のなか、さすがに彼女もイジメを続ける図太さはないらしく、ばつが悪そうに小声で「分かった」と答えるだけだった。
すごいじゃん、委員長。ちゃんと言えるんじゃん。
なんだよ。こんなことなら、わたしが身体を張らなくてもよかったな。抜け落ちた髪の毛がもったいない。
「き、北野さん……」
「なに?」
「あの……バスケ、よろしく、お願いします」
「……ああ、うん」
わたしは勝手に決められていただけなんだけど。
やたらに髪を心配してくる委員長が面倒くさくて、荷物をまとめると、逃げるように教室を出た。
感謝はされたくないんだ。そんなの慣れていなくて、どんな顔をしていいのか分からないから。