あの夏よりも、遠いところへ
「それに?」
「……ううん、なんでも」
でも、なんとなくそれを誰かに伝えるのが嫌で、それ以上はなにも言わなかった。片瀬は不思議そうに首を傾げているけれど。
そういえば、わたし以外のみんなは、清見がピアノを弾くということを知っているのかな。
「あ、なんとか勝ったね」
「ほんとだ」
試合終了のホイッスルが鳴り響く。ぎりぎりの試合だったけど、勝ちは勝ちだ。
嬉しそうに笑いながらコートの脇に出る彼らを眺めていると、ふと、ドリンクを飲む清見と目が合った。
「……北野サン!」
「へっ」
……いやいや。名前を呼んだなら、それ以降の言葉を続けるとか、手を振るとか、そういうことをしてよ。
呼ぶだけ呼んでおいてなにもリアクションが無いなんて、こっちが困るっての。
それでもじいっと見上げられていて、逸らすに逸らせないし。なんだよ、気持ち悪いな。
「……なんで見つめ合ってるん?」
「知らない。でも逸らしたら負けな気がする」
小声でひそひそと話しかけてくる片瀬に、目線は逸らさないままで答えた。もちろん遠くの清見には聞こえていない音量だ。
「北野さんっ」
「はあ?」
なんでもう一度呼んだの。わけが分からない。