あの夏よりも、遠いところへ
清見とは、あの音楽室の日以来も、あまり話したりはしていない。軽い挨拶ていど。もう席替えもして、席が近いわけでもないし。
だから驚いた。わたしだけじゃなくて、清見のチームの男子たちも、片瀬も、みんな驚いていたと思う。
真っ直ぐで無垢な瞳が、揺るぎなくわたしを見上げている。
じいっと、なにかを探るように。
なんだか嫌だった。心の中のもやもやを、なんとなく、清見には知られたくなかった。
だって清見は、切ない音色のショパン奏者だから。
「……バスケ、見に行くわ!」
「は?」
「午後イチやろ? 女子バスケ。見に行く!」
見に来なくていいのに。嫌だな。バスケ部からしてみたら、素人のバスケなんて、きっと小学生がするみたいなくだらない試合だろうに。
「勝手にすれば」
「おう。がんばれよ!」
それだけの会話を終えると、せっせと梯子を下りて、片瀬と一緒に体育館を出た。太陽がまぶしい。
いったいなんだったんだろう。普段は全然話したりしないのにさ。挨拶だって、時々することもあるけど、そのときはいつも目が合わない。
本当に見に来るのかな、バスケ。どうしよう、ロクなプレーが出来そうもないのに。
びっくりしたね、とどこか嬉しそうに言う片瀬にてきとうに返事をして、逃げるように体育館から遠ざかった。
はじめて知った。清見はとっても、真っ直ぐな目をしている。