あの夏よりも、遠いところへ
「遠藤(えんどう)くんやで」
試合中だというのに、片瀬がそっと耳打ちしてくれた。エンドーくん。ああそうだ、遠藤くん。
すらっと背が高くて、誰にでも壁のない明るいキャラクターだから、いつもクラスの中心にいる男子。おまけに顔がきれいで、やたらに女の子に人気があることも知っている。
名前は思い出せなかったけど。
人気者ってのはすごいな。話したことのない女子にも、あんなふうに「ナイシュー!」なんて言えちゃうんだ。
無視だなんて悪いことをしてしまった。
「北野さんっ」
「えっ」
気付いたときには遅かった。さっきは間一髪で受け止められていたボールが、今度は思いきり、顔面に当たっていた。
なにが起こったのかよく分からず、その場に倒れこんだわたしを、駆け寄ってきた片瀬が支えてくれている。
「北野さん、鼻血出てる。大丈夫?」
「え……」
ぱたぱたと床に落ちる赤い液体を見て、めまいがした。
血は嫌い。ドラマや映画も、手術シーンのある医療ものは見れないし、やたらに死体が出てくるサスペンスも無理なくらい。
試合は止まり、わたしの周りには人だかりが出来ていた。歯が折れたわけでもないのに、大袈裟だな。
うわ、血のにおいがする。気持ち悪い。これだけで酔っちゃいそうだ……。