あの夏よりも、遠いところへ
「――北野っ」
人だかりを掻き分けて、わたしの血まみれの顔を覗き込んできたのは、あの切ないピアニストだった。
「きよみ……?」
「立てるか?」
「へっ」
「保健室、行くで。血だらけやんけ」
アディダスのロゴが付いた、白と青のタオルをわたしの顔面に押し付けて、彼は自分勝手にわたしの手を引く。
けれど、目の当たりにした血液のせいで完全に腰が抜けたわたしは、そんな彼について行くことができない。情けないよ。最悪だ。
「……立てへん?」
「べつに」
いや、べつにってなんだよ。立ててないじゃん、わたし。かっこわる。
恥ずかしくて、情けなくて、ふいっと顔を逸らした。ああ、清見のきれいなタオルに血が付いてしまった。
「よし、背負うわ」
「はあ!?」
「ええから。試合止めてんねんぞ。早よコート出なあかんやろ」
わたしに有無は言わせないらしい。彼は返事を待たないまま、ぐったりしているわたしの左手を自身の肩に掛け、そのまま持ち上げた。
「北野、保健室つれてくわ。代わりの選手いてるやんな?」
清見は特別大きくいわけではないけれど、わたしよりは大きい。つま先だけ床にちょこんとつけて、彼に連れられるまま、保健室に向かった。