あの夏よりも、遠いところへ
そろそろ鼻血も止まってきた。清見のタオルは本当に血だらけで、たぶんもう、捨てるより他ないと思う。
「北野て、変やな」
「ヘン?」
「おう。よう分からん。でも、めっちゃ、北野や」
くにゃっと笑った。あの日、音楽室の前で見た、あの笑顔と同じ顔。
「北野はたぶん、どの部分を取っても、ちゃんと北野やねん。北野朝日っちゅう、強烈な人間やねんか」
「どういうこと?」
「北野はメネラウスの定理てことや!」
メネラウスの定理? いったいなんのことやら。
あまり役に立たない脳ミソをフル回転させて、思い出す。そういえば去年、数学の時間に聞いたことがあるような、ないような。
まさか数学の定理に例えられるとは思わなくて、そんなことを言う清見も、じゅうぶんおかしなやつだと思った。
「……ちゅうかさ。遠藤のこと、気になってるん?」
「はい?」
「ボール当たったん、あいつに声掛けられてすぐやったやろ」
それだけで、気になるだのなんだの、そんな話になるのかよ。すごいな。
「そんなわけないじゃん。ただ、誰だったかなあって思ってただけだよ」
「えっ。クラスメートの名前、まだ覚えてへんの!?」
「覚えてない。興味ないもん」
片瀬にしろ、清見にしろ、そんなに驚かなくたっていいのに。そんなにおかしいのかなあ。だって、本当に興味がないんだよ。仕方ない。