あの夏よりも、遠いところへ

そろそろ鼻血も止まってきた。清見のタオルは本当に血だらけで、たぶんもう、捨てるより他ないと思う。


「北野て、変やな」

「ヘン?」

「おう。よう分からん。でも、めっちゃ、北野や」


くにゃっと笑った。あの日、音楽室の前で見た、あの笑顔と同じ顔。


「北野はたぶん、どの部分を取っても、ちゃんと北野やねん。北野朝日っちゅう、強烈な人間やねんか」

「どういうこと?」

「北野はメネラウスの定理てことや!」


メネラウスの定理? いったいなんのことやら。

あまり役に立たない脳ミソをフル回転させて、思い出す。そういえば去年、数学の時間に聞いたことがあるような、ないような。

まさか数学の定理に例えられるとは思わなくて、そんなことを言う清見も、じゅうぶんおかしなやつだと思った。


「……ちゅうかさ。遠藤のこと、気になってるん?」

「はい?」

「ボール当たったん、あいつに声掛けられてすぐやったやろ」


それだけで、気になるだのなんだの、そんな話になるのかよ。すごいな。


「そんなわけないじゃん。ただ、誰だったかなあって思ってただけだよ」

「えっ。クラスメートの名前、まだ覚えてへんの!?」

「覚えてない。興味ないもん」


片瀬にしろ、清見にしろ、そんなに驚かなくたっていいのに。そんなにおかしいのかなあ。だって、本当に興味がないんだよ。仕方ない。
< 93 / 211 >

この作品をシェア

pagetop