あの夏よりも、遠いところへ
変なやつがいる。変っていうか、すげえやつ。
彼女はいつも不機嫌そうな顔をしていて、あまりしゃべらない。友達と呼べる存在も、たぶん、いないと思う。
クラスで浮いているというか、どちらかというと、沈んでいる。北野朝日の周りだけ、なんだか重力が強いみたいなんだ。
驚いたよ。新学期、最初の日。なにも知らないで話しかけたら、すごい不機嫌そうな声で、「は?」って一蹴されたんだぜ。
オモロイなんて言ったのは悪かったけどさ、普通、そんな反応はしねえよ。
いつも不機嫌そうな顔で、口を開くと、耳に新鮮な標準語を話す。左手で襟足を触る癖がある北野朝日という人間は、すげえやつだ。
「――清見さあ、好きなん? 北野さんのこと」
球技大会の日から、こんなことばかり訊かれる。
あのバスケの試合が原因だろう。たしかにあんなことしたら、誰だってそんなふうに思うよな。
正直、自分でもびっくりした。あのアディダスのタオルはお気に入りだったのに、全然ためらわなかったんだ。
「ちゃうって。しつこいねん」
バスケの試合前。ストレッチのペアの遠藤は、端正な顔を歪ませてにやにやしていた。
「その顔、キッモ。男前が台無しやぞ」
「なに言うてんねん。オレはいつでも男前や」
遠藤はいつもこんな感じだから、クラスでもオモロイやつって人気があるし、男前だから女子からも人気がある。
だから北野もこいつを好きなんじゃないかって、馬鹿みたいなことを思ったんだ。